［１］アメリカ独立戦争との関連
アメリカの独立は、当時の世界においてはそれ自体としてはそれほど重要な 意義を持つものではなかった。なぜなら、それは世界の辺境における単なるイギ リス植民地の独立に過ぎなかったからである。アメリカ合衆国が国際的に重要な 役割を果たすようになるのは２０世紀に入ってからのことであり、それ以前のア メリカの国際的地位など問題にもならないほど小さかったからである。
しかし、アメリカの独立は別の面で世界史を動かす大きな原因となった。そ れは、アメリカの独立を援助したフランスが、その結果財政を悪化させ、これを 直接の要因としてフランス革命が勃発したからであり、フランス革命がヨーロッ パ世界に与えた影響ははかり知れないものがあることを考えると、アメリカの独 立は間接的に世界史に大きな影響を及ぼしたことになる。
［２］フランス革命の発端
七年戦争、アメリカ独立戦争と引き続く戦争によって、フランスの国家財政 は破綻に瀕していた。１７８３年、財政総監となったカロンヌは、従来免税の特 権を与えられていた僧侶や貴族などの特権身分からも租税を徴収しようとし、特 権身分の代表者からなる国王の諮問機関「名士会」を招集して承認を得ようとし た。しかし名士会はこれを拒否し、カロンヌは失脚してしまった。名士会は、課 税逃れの口実として、この問題は「三部会」で検討すべき問題であるとしたため 、１７８９年、１７４年ぶりに三部会が招集されることになった。三部会とは、 第一身分（僧侶）、第二身分（貴族）、第三身分（平民）の三つの階層の代表者 からなる一種の議会である。三部会は、身分別に会議を開き、身分別に表決する のが本来のやり方であったから、三部会が開かれれば、僧侶、貴族の要求どおり になるはずであった。代表者たちがヴェルサイユに集まった。
ところが、第三身分の代表の一人に選出されていたシエースは、身分別会議 では平民の要求が無視されることは明らかであったから、全身分合同の会議を提 唱し、一方的に合同会議の開催を宣言、資格審査を終了した者を集めて会議を開 き、これを「国民議会」と呼ぶことに決定した。この意味ではシエースこそ、フ ランス革命を始めた人物であると言えよう。これに対して国王ルイ１６世は「国 民議会」の議場を閉鎖したため、「国民議会」のメンバーはヴェルサイユ宮殿内 の「屋内テニスコート」に集まって会議を続行し、決して解散しないことを誓っ た（テニスコートの誓い）。国王はやむを得ず、一方では僧侶部会、貴族部会に 「国民議会」への合流を指示しながら、他方では、武力で「国民議会」を弾圧す る準備を進めた。国王が国民議会弾圧のため、軍隊を動員していることを察知し たパリ市民は自ら武装を開始し、バスチーユの牢獄を襲撃してこれを陥落させた （７月１４日）。パリの市政はパリ市民によって掌握された。国王はやむを得ず 市民との妥協の道を選び、軍隊を撤退させ、ヴェルサイユからパリに戻った。
［３］革命の拡大
しかし、革命を終息するにはすでに遅かった。バスチーユ牢獄の陥落を契機 として、革命の炎はフランス全土に波及しはじめたからである。
フランス各地で、農民たちが領主の館を襲撃したり、また、都市では市民が 都市の実権を掌握するなどの動きが活発となり、革命は全国的なものとなってい った。これに対し国民議会は、「封建的諸権利の廃止」を宣言し、また８月２６ 日には「人権宣言」を採択して、これらの動きを鎮静化しようと努めた。しかし 国王はこれを認めず、またも軍隊を動員しようとした。これに対し、パリ市民を 中心とする数万のデモ隊がヴェルサイユにおしかけ、国王は国民議会の決定を認 めざるを得なくなり、国王はパリに連れ戻された。
その頃までは、国王はまだ国民の間に根強い人気があったが、１７９１年、 国王の人気を失墜させる事件が起った。それはスウェーデンの貴族フェルセンの 計画にもとづき、国王と王妃マリー・アントワネットが国外逃亡を企て、国境付 近のヴァレンヌで国民議会側に逮捕された事件である。当時国民議会は立憲王政 にもとづく新憲法を準備中であり、国王が必要だったのである。一方国民議会は 外国の干渉を予期し、国境を封鎖するとともに義勇軍の編成に着手した。国民議 会は立憲王政と制限選挙制を定めた新憲法を成立させて解散した。新憲法にもと づき、１７９１年１０月、新たに立法議会が成立した。
［４］対外戦争の勃発と革命の急進化
１７９１年８月、オーストリア・プロシアは共同でピルニッツ宣言を発し、 武力でフランス革命に干渉する意図を表明していた。１７９２年１月、国王は、 立法議会の要求により、両国に対しピルニッツ宣言の取り消しを求めるよう要求 したが、回答はなく、４月、国王は議会においてオーストリアへの宣戦布告を提 案し、議会は圧倒的多数でこれを可決した。しかし開戦すると敗北の連続であり 、前線の指揮官に不信をもった議会はパリ郊外に国民衛兵を駐屯させることにし た。その後プロシア軍がフランス国境に接近したため、議会は非常事態を宣言し 、全国の国民衛兵が召集された。
この時パリに集結した国民衛兵に対し、ジャコバン派（パリのジャコバン修 道院を根城としていたグループで、民衆と手を結び革命の徹底を志向していた一 派）のロベスピエールは、憲法を改正し普通選挙による「国民公会」を設置する ことを呼びかけ、武装蜂起の準備を進めた。８月１０日、彼らはテュイルリー宮 殿に攻撃を加え防衛軍と衝突したが、結果は蜂起側の勝利に終わり、これを見た 立法議会は王権を停止し、国王は逮捕され幽閉された。８月末、ジャコバン派の 要求により、立法議会は「領主的権利の無償廃止」を決定した。ジャコバン派は また、議会に普通選挙による「国民公会」の設置を要求し、議会はこれを受け入 れたため、立法議会にかわり、国民公会が開かれることになった。
９月、ヴァルミーの戦いにおいてフランス軍はプロシア軍を撃退し、以後フ ランス軍は反撃に転じた。その翌日、普通選挙によって選出された新憲法を制定 するための国民公会が開かれた。国民公会ではジロンド派（ジロンド県の出身者 を中心とするグループで、比較的穏健な立場をとり、革命の急進化を好まなかっ た）が多数を占め、ジャコバン派の勢力がそれについでいた。ジャコバン派はジ ロンド派の反対を押し切って王政の廃止を正式に決定し、また、ルイ１６世を裁 判にかけ、１７９３年１月死刑の判決を下し、ただちにギロチンによって処刑し た。１０月には王妃マリー・アントワネットも処刑された。
この頃、イギリスを中心に第一回対仏大同盟が結成され、フランスはイギリ ス・オランダに宣戦を布告、その他の国とも断交してフランスは孤立し、革命は 危機に立つことになった。しかし、優柔不断なジロンド派は戦争指導に失敗し、 中間派の間に急速にジャコバン派への期待が拡がってきた。
［５］ロベスピエールによる恐怖政治
国民公会の多数派であったジロンド派は戦争指導の能力を欠き、フランスは 敗戦につぐ敗戦を重ねた。ジャコバン派は権力集中による戦争指導の強化をはか ったがジロンド派の抵抗によってうまくいかなかった。そこでジャコバン派は５ 月、大衆を動員して国民公会に圧力をかけ、国民公会において中間派の支持を得 てジロンド派議員の逮捕を決定し、ジャコバン派は国民公会の指導勢力となった 。
外国軍の侵入の危機を目前にして、ジャコバン派の指導する国民公会は、６ 月成立した新憲法の施行を一時棚上げし、独裁権力の樹立を急いだ。そのような 状況のなかで、７月ジャコバン派の中心人物であったマラーが、ジロンド派を支 持する女性によって自宅で暗殺される事件が起った。
国民公会の委員会のひとつに、「公安委員会」というのがあったが、マラー の暗殺後、ロベスピエールという人物がこの委員会の事実上の中心人物となり、 行政執行、治安維持の中心機関として、独裁政治を推進するようになる。公安委 員会は、革命裁判所を指揮して、マリー・アントワネットを手始めに、ジロンド 派をはじめその他の政敵をつぎつぎにギロチンに送った。経済政策についても強 力な統制を推進し、国民の経済活動は公安委員会によって支配されるようになっ た。
１０月には革命暦が採用され、一週間は１０日とされ、３週間で一ヶ月、１ ２ヶ月で３６０日、残る５〜６日は革命人民の祭日となった。また非キリスト教 化が推進され、「理性」の信仰が推奨された。
公安委員会は独裁の強化と国民大衆の動員によって対外戦争を勝利に導いた 。しかし、戦局の好転にともない、ジャコバン派の内部に指導方針をめぐる対立 が生じ、ジャコバン派は三派に分裂した。下層大衆に支持基盤をおくエベール派 と、ブルジョア階級を支持基盤とするダントン派、そして中間の立場に立つロベ スピエール派である。１７９４年３月にエベール派が大衆を動員して権力の掌握 を企てると、ロベスピエールはエベールとそ一味を逮捕してこれをギロチンに送 り、また、４月には、ロベスピエールの恐怖政治に反対し、寛容な政策を要求し たダントンとその一派を逮捕してギロチンにおくった。
ロベスピエールは反対派をつぶしたが、それによってその権力は強力になっ たわけではなく、かえって、ジャコバン派の支持基盤であった下層大衆やブルジ ョア階級の支持を失いロベスピエールの権力は孤立していったのである。これま でジロンド派とジャコバン派の争いにおいてジャコバン派を支持し、ジャコバン 派独裁の成立に一役買った中間派も、いまではロベスピエールの独裁に見切りを つけつつあった。
［６］テルミドールの反動
エベール派、ダントン派の処刑を見て、これに恐怖したジャコバン派の人々 の間で、ロベスピエール打倒の陰謀がめぐらされた。彼らは国民公会の中間派に 手を回し、協力してロベスピエールを打倒しようとした。
１７９４年７月２７日、国民公会の議場でロベスピエールが演説に立つと、 場内から一斉に「暴君を倒せ」の野次が起こり、ついに「ロベスピエールの逮捕 」を要求する決議案が提出され、ロベスピエールとその腹心サン・ジュストらが 逮捕された。しかし、ロベスピエールらは混乱のなかで一旦パリ市庁舎に逃げ込 み、そこでパリ市の自治組織（コミューン）とともにあった。市庁舎にはロベス ピエールを守るべく、国民衛兵が集結してきたが、ロベスピエールには国民公会 に戦闘をしかける気はなかったので、国民公会の派遣した軍隊はやすやすと市庁 舎を占領し、ロベスピエールらはふたたび逮捕され、形式的な裁判ののち、ギロ チンに送られた。このロベスピエールに対するクーデター事件を「テルミドール （革命暦で熱月のこと）の反動」という。
［７］革命の終結
テルミドールの反動によって権力を掌握したのは、このクーデターを指導し たグループである「テルミドール派」であった。彼らはロベスピエールの恐怖政 治を支えたさまざまな組織を解体し、また、彼に協力してその政治を推進した急 進派をつぎつぎにギロチンに送った。ロベスピエールのジャコバン派独裁によっ てその急進化の頂点に達したフランス革命は、ここでその急進化を停止し、革命 の出発点に逆戻りする。
国民公会は、１７９３年にジャコバン派の指導の下に成立した民主的な新憲 法を廃止して、新しい憲法を制定しようとした。これに反対する急進的な大衆は 国民公会に押しかけて抗議したが、国民公会はこれを軍隊で鎮圧した。１７９５ 年、国民公会は新しい憲法を制定した。この憲法は国民主権を明記せず、財産に よる制限選挙制を定め、独裁を排除するため三権分立を採用したものだった。
この新憲法にもとづく新しい議会の選挙にあたり、国民公会はその議員の三 分の二を現在の国民公会の議員に割り当てることにしたため、新しい議会に進出 することをねらっていた王党派は憤激し、国民公会に不満をもつ一般民衆も合流 して、１０月、パリで反乱を起こした。この反乱の鎮圧を指揮して一躍脚光をあ び、フランス国内軍の最高司令官に就任した軍人がナポレオンである。
その後、新憲法にもとづく「総裁政府」が成立したが、この政府は無力で、 国内にはあいかわらず混乱がつづいた。
１７９６年、共産主義者のバブーフは、総裁政府打倒の陰謀を企てたが、密 告によって計画が発覚し、処刑された。１７９７年の選挙では王党派が進出した が、彼らはナポレオンの差し向けた軍隊の力で非合法に追放された。１７９８年 の選挙ではジャコバン派が進出したが、政府はこれを除名した。翌年の選挙でふ たたび進出したジャコバン派は、政府の前年の責任を追及して、総裁（５人で構 成）の一部を交代させた。
１７９８年末には、イギリスを中心に第二回の対仏大同盟が成立し、フラン スは戦いをつづけていたが、この時議会で多数であったジャコバン派は、かつて のような戦時体制を築いてこの危機を乗り切ろうとした。しかし、すでにこの時 には人々はジャコバン派の独裁の再現を望んではいなかった。
三部会を「国民議会」にし、フランス革命の口火を切った人であるが、その 後沈黙をつづけ、この時総裁政府の総裁となっていたシエースは、弱体な総裁政 府をつぶし、新しい政体を樹立することが必要だと考えた。１７９９年１１月、 シエースに協力したナポレオンは軍事力で総裁政府を倒し、三人の臨時執政から なる新政府を樹立し、ナポレオンは第一執政に就任した。新政府は「革命の終結 」を宣言した。ナポレオンが権力を掌握したこのクーデターを、革命暦の日付か ら「ブリュメール（霧月）１８日」と呼んでいる。
（参考文献）中央公論社「世界の歴史１０」、教養文庫「世界の歴史１０」、 他。